介護小説 衣裏の宝珠たち 記事一覧

*この物語はフィクションであり、物語に登場する人物・団体等は
 全て架空のものであります。

となりの芝が青く見える・・・
  近くを捨てて遠くに求める・・

作:なおとっち

第6話 研修生ということ

  「主任、たしか、今日から研修生が来るんでしたっけ?」
  「えぇ、そうよ。もうじきじゃないかしら」
  「今度の人は大丈夫かしら、前回の人はいるんだか、いないんだか分らないほど
   元気のない子だったから」
  「そうね。だから言ったの、今度の人は元気のある人をお願いって」
  「そうですか…」
  ガチャン!バタン!

  「おはようっす!!今日から3日間お世話になっちゃいます、荻野健一っす!」
  「………」
  「…主任…?」
  「…え?」
  「も、もしかして…あの男の子…ですか…」
  「そ、そのよう…ね…」
  「あ!ここの人っすか!今日からお世話になっちゃいます、荻野っす!」
  なんだ、あの鳥の巣のような頭は。
  「え?あ、ああ、よろしくね、荻野くんね。私、高村です。ここの責任者です」
  「そうっすか!よろぴく!」
  「………」
  「…あ、私は、な、中村です。よ…よろしく…です」
  「まじっすか!よろぴく!」
   今回のはまた、えらいのが来たねー。
  「あ、こ、こちらは利用者様で、留守さんです。―――留守さん、今日から研修に
   来た、荻野くんです。どうぞよろしくね」
  「留守さんって言うんすか!チョーありえない名前っすね!」
   あなたも存在じたいがあり得ないよ。
  「よろぴく!」
   ……よろぴく。
  
  「留守さんはね、うちに週3回いらしているの、家柄も凄いのよ、何でも
   東北の名家ですから」
  「まじっすか!チョーリスペクトっす!」
   ………。
  「あ、あはは……。つ、つまり敬意をあらわしたってことよね、荻野くんは」
  「そうっすね!」
  「戦国時代からの家系なのよ、たしか…」
  「直江っすか!おでこに《LOVE》の!」
  「ラブ?いや、直江兼続ではなかったわ。荻野くん……歴史に詳しいのね」
  「ゲームで覚えたっす!」
   なるほど、分かります。
  「ところで荻野くんは、学生さん?」
  「そうっすね!福祉系の大学行っちゃってます!」
  「えぇ?!は…はは、そうなんだ…」
  「元気がとりえっす!」
   でしょうね…。
  「風邪ひいたことないっす!」
   ウイルスはあなたに付かないよ、たぶん。
   シュッシュッシュッ。
 
  「おお!若造!貴様は何者じゃ!」
  「あ、室井さん。あ、ああ、この男の子は学生さんで今日、研修に来たのよ」
  「ここに来ちゃいました、荻野っす!よろぴく!」
  「な、なぁーにが、よろぴく、だ!日本男児ならきちんと言葉を遣わんかい!」
  「かっこいいっすね!チョーリスペクトっす!」
  「な、なんだー?」
   あんたを尊敬してます、てこと。
  「なにペクトか知らんが、邪魔だ、そこをどかんかい!」
  「それ、何んすか?」
  「ん?おまえ、これ知らんのか。これは俺の愛車、カワムラだよ!」
  「かっこいいっすね!」
  「そ、そうか…。ふーん、知らんのか、おまえ。じゃ、ちょっと俺と勝負せんか?」
  「室井さん、よしなさいって」
  「主任さん、黙っておれ。これは男と男の勝負なんじゃ」
   バカだねー、あんたは。かかわらないほうがいいよ、荻野くん。
  「まじっすか!いいっすよ!」
   あんたもバカだ。
  「よぉーし!決まった!じゃ、貴様はあっちにある車椅子に乗れ!いいか、
   コースは、ここをスタートして、あそこの長テーブルを左に曲がり、カウ
   ンターを横切りながら、あの柱と観葉植物の間をくぐり抜け、そして、
   ここに戻ってくる、どうだ!」
  「まじっすか!チョーおもしれー!」
  「よぉーし!主任さん、スタートのピストルを鳴らせ!」
  「ないですよ、そんなの」
  「んじゃ、仕方ない!―――スタートだ!」
   シュッシュッシュッ!
  「あ、ずりー!」
  「はははは!ついてこれるか、若造よ!」
  「くー!まじでムカついた!よーし!おりゃおりゃおりゃ!」
   シャカシャカシャカ!
  「お!やるのー若造!しかし、この室井源次郎、まだまだ負けるわけには
   いかんわい!」
  シュッシュッ!キキー!シュッシュッ

  「うわー凄い、室井さーん!中村さん見た?あの曲がりかた、凄いわー!」
  「おお、ついてくるのー若造!ふふふ、しかし、ここを横切り、最終の魔のS字
   カーブは、どうかの!」
  「おりゃおりゃおりゃ!」
  「きゃー主任さん!荻野くんも凄いわー、追いついちゃった!」
  「でも、あの勢いで、あそこの柱は曲がれないんじゃないかしら」
   シュッシュッ、キキッ、キキッ、シュッシュッ
  「室井さん、やるじゃないの、わけなく曲がってったわ。室井さん、負けるな!」
  「はははは!これるか、若造!」
  「何をーー!!」
   シャカシャカ、キキッ、キキッ、シャカシャカ
  「きゃー主任さん、荻野くんもやるじゃない!頑張って、荻野くーん!」
  「おおっ?やるな、若いの!」
  「チョーおもしれー!!」
  「よぉーし!もう一周で決着じゃ!若造、いざ勝負!」
  「こっちこそ!」
   シュッシュッシュッ!シャカシャカシャカ!
  「負けるな!室井さーん!!」
  「頑張ってー!荻野くーん!!」
   ア、アホだ、この人たち…

*この物語はフィクションであり、物語に登場する人物・団体等は
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作:なおとっち

第5話 車椅子ということ

   ピンポーン
  「あ、奥さん、来ましたよ」
  「はーい」
   ガチャ
  「こんにちは!《すこやか福祉用具》の森 新太郎です!」
  「いらっしゃい。お待ちしてましたわ。さ、どうぞ」
  「お邪魔いたします!失礼いたします!」
   来たね、この人いい人なんだけど調子いいんだよねー。
  「いやーいつも思いますが、立派なお宅ですよねー、留守さん宅は。閑静な
  住宅街、立派な日本庭園、お庭だけでも2棟建ちますよー」
 
 
  
  「ところで森さん、先日言った車椅子は持ってきてくれました?」
  「あ、平さん、どうもお世話様です。はい!今日はいくつかのタイプを持って
   きました」
  「この間、デイサービスの高村さんと車椅子の話しが出ましてね、で、平さんに
  相談したんです。今使っている車椅子はお母さんにあってないんじゃないかしら、て」
   平さんもようやく分かってくれたのね。
  「そうですか。《なごみの森》の高村主任さんですね、存じ上げてます。
   同じ、もりもり、つながりでご贔屓戴いております、はい」
  「それで、森さん、持ってきたのは、この三つですか」
  「はい。まずは、これですが…」
   何やらごっついタイプですな。
  「これは、『スーパーターボ2010』といいまして、重厚感溢れる作りになっており、
   また車椅子の欠点は坂道です。このスーパーターボは坂道を何なりとカバーします」
  「お母さん、乗ってみたら」
   これに、ですか。はいはい。
  「どう、お母さん?」
   えらい重たいですよ、これ。
  「あ、留守さん、右肘にボタンがついてますでしょ」
   ん?あぁ、赤と青ですね。
  「赤、押してみてください」
   はい。ポチッ
   ギュルン!ギュルン!
   お!
  「ふふふふ」
   え?
  「ここからが、見せ場です!」
   ブオオ!ブオオ!ブオオオオオオーン!!
   あわわわわわ!
 
 
  
  「きゃー、お母さん!」
  「留守さん!あ、曲がって、留守さん!危ない、ぶつかりますよ!」
   あわわわわわ!
  「きゃー、お母さんが暴走してる!」
  「広いリビングの留守さんの家だからこそ、できるんですよねー。ふふふふ」
   あわわわわわ!
  「森さん!止めるのは、青ですか!」
  「いや…青は…」
  「お母さん!青、押して!青です!」
  「いや、私はまだ何も…」
   あ、青だね!ポチッ。
   キュキュキュ!キキー!
   お!止まった!
  「はぁ良かった。お母さん、止まったわね、ホッ」
  「いやいや、これからですよ、留守さん」
   え?
  「え?」
   ブルブルブルブル、ブルブルブルブル!
   いやーな予感…
  「ふふふふ。スーパーターボの威力はここからです」
   ゴオッーーー!!!
 
 

  「平さん?あ、あれ、火ですか…」
  「…のよう…ですね…。く…車椅子が火を…噴いている!」
  「ふふふふ。社運を賭けたかいがあります!見ててくださいね!」
   いやいやいや、止めて!
  「も、森さん、止めてください、も、もういいです!」
  「そうですか、平さん。残念ですねー。じゃー青を長押ししてください」
   青を長押しですね。ポチッー。
  「あ、火が止まった…。」
  「ほっ…。一時はどうなるかと思いました。はぁ…」
  「あぁ良かったわ。お母さんがまるでチョロQなんだもの!」
   生きた心地がしませんでした、はい。
  「では、これはどうでしょうか。『ドリフト2010』です!」
   ま…また、何やら…あやしげな車椅子が…
  「も、森さん、それもちょっと…。ちなみに最後のそれは…」
  「はい!『ジェットエンジン2010』です!」
   ………。
  「………」
  「あ、あ、あはははは。もう、いやだわ、森さんは。いつもいつもご冗談が
   お上手で。で、あれでしょ。この後に、本当の車椅子が出てくるでんでしょ」
  「これだけですよ」
  「も、森さん…、持ってきたのは、この三つだけってこと…」
  「はい!え?だって、平さんが先日お電話で、スピードがあってないって仰って」
  「えぇ!違いますよ、体があってないって言ったんです」
  「えぇ?そうだったんですか!」
  「そうですよ」
   車椅子にスピードはいらないでしょ。しかも、見てください、ほら、私の体と
   車椅子があってないでしょ?ほら、こぎ辛いんですから。
  「ありゃ!」
   分かった?
  「確かに!そうだったんですか、じゃー、どうしましょう、このスーパーターボは」
   いらないです。
  「社運を賭けたんですけどねー。奥様、如何がですか、屋内用と屋外用と分けては」
   外でもダメでしょー。
  「そうね…」
   いやいや。
  「うーん…、どう思います、平さん?」
   えぇ?なんで悩んでいるの?
  「そうですねー、うーん…、屋外用ねー、うーん…」
   なんなの、この人たちは。

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作:なおとっち

第4話 お花見ということ


  
「さぁ、『なごみの森デイサービス』による、お花見大会のはじまりー!」
   パチパチパチパチ!!
  「今日は思いっきり楽しんでくださいねー!」
  「おおっし!楽しむぞー!おぉーい!誰か酒持ってきてくれー!」
  「中村さーん、室井さんがお酒ですって」
  「はーい」
   グビグビグビグビ
  「ぷはっー!おおっし!もう一杯!」
  「はーい」
   グビグビグビグビ
  「ぷはっー!くっー!たまらんわい!おい、シゲさん!」
   何ですか。
  「室井源次郎、この男に一杯つげぇー!」
   はぁ?
  「小倉生まれで玄海育ち!」
   え?あなた、札幌でしょ、出身。
  「くーちもあらーいーがーきもあーらーいーってな!」
   歌かよ!
  「室井源次郎が一献を交わそうとしているんじゃ!シゲさん!つげー!」
   えらい酒癖悪いな、この男は。はいはい、つぎますよ。はい、どうぞ。
   グビグビグビグビ
  「ぷはっー!桜はどこじゃー!酒なくて、何の己が桜じゃー!」
  「あ、シゲさーん、ありがとね。後は私がやるから。シゲさんは何を飲みます?」
   お茶でいいです。
  「はーい。あ、長宗我部(ちょうそかべ)さんは、何にしますか?」
  「私は…」
   チンチンドンドン、チンドンドン
   ん?
  「あ、シゲさん、あれね、ちんどん屋です。主任がやってるんです。余興で」
   へぇー。
  「私は…」
   タラララララー、タリララララーララ
   あれは?
  「え?あぁ、あれは、マジックですよ、江田看護婦さんです」
   ふぅーん。
  「私は…」
   ワッショイ!ワッショイ!ワッショイ!
   神輿だ!何故に、お花見で、神輿なの?
  「盛り上がってきたねー!今日は余興盛りたくさんですから!」
  「えぇーと、私は…」
  「あ、ごめんなさい、長宗我部さん、何にしますか?」
  「こりゃこりゃこりゃ!チョーさん!何を女子に口説いておるんじゃ!」
  「あたたたた、私は何も…」
  「ダメですよー、室井さーん、からんできちゃ!」
   ヘッドロックした!
  「チョーさん!あんた、新入りの癖に節操がないのー!」
  「私はただ…、あたたたたた」
  「誰か、室井さんをあっちへ!さー、室井さん、向こうにおいしい、焼き鳥があり
   ますから、さー!」
  「おっーし!つくねでも喰うか!こくーらーうまーれーでーげんかーいーそだーち」
   だから札幌でしょ、あなた。
  「ごめんなさいね、長宗我部さん。…で、何でしたっけ?」
  「いや…もう…いいです」
  「何かあったら遠慮しないで言ってくださいね。あ、主任さん!フォロー入りまーす!」
   タッタ、タッタ、タッタ
   普段もせわしいけど、こういう時もせわしいのね、あなたたちって。
  「えぇーと、留守さん…」
   え?
  「実は…その…私…」
   ん?
  「この日のために…その…留守さんに…その…歌を…」
  
 チンチンドンドン、チンドンドン
  「留守さーん、長宗我部さーん、盛り上がってますかー!」
   あ!主任さんだ。
  「は、はぁ…」
  「今日は思いっきり楽しんでくださいねー!それー!」
   チンチンドンドン、チンドンドン
  「………」
   え?何です?
  「あ…、そのー、この日のために…留守さんに…歌を詠もう…と…」
   ワッショイ!ワッショイ!ワッショイ!
   え?何か言いました?
  「えぇ…ですから…留守さんのために…歌を…」
   ワッショイ!ワッショイ!ワッショイ!
   え?何にも聞こえないんですけど。
  「いや…あの…」
   タラララララー、タリララララーララ
  「留守さーん、見て見て!」
   江田さん?
  「ほぅーら、ジャジャーン!」
   パタパタパタパタ!
   おわ!鳩が出た!
  「ねー、凄いでしょ。さー、みなさーん!鳩が出ましたよー!」
   クックークックー
  「長宗我部さーん、盛り上がってますかー!」
  「………」
   で、何か言ってませんでした?
  「あ、いえ…ですから…留守さんのために…その…歌を詠んで…」
  「こぉーらー!チョウさんや!呑んでおるかー!」
  「あたたたたた」
   またあんたか!
  「あ!室井さーん!だからヘッドロックしちゃダメですって!」
  「こーらー、チョウ!」
  「あたたたたた」
   パタパタパタ、パタパタパタ
   また、鳩が出た!

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作:なおとっち

第3話 認定調査が来るということ

  「…で、こんな感じで如何でしょうか」
  「そうですね、分かりました」
   14:10
  「奥さん、後は大丈夫ですね」
  「えぇ。…でも、久し振りだから何か緊張しちゃうわ。前回は病院だったし」
  「そうですね。ただ、聞かれたことをそのまま答えればいいと思いますよ」
  「そうね…。あら、まだこんな時間なのね。平さん、もう一回いい?」
   またやるの?
  「いいですよ、やりましょう」
   ほんと?1時からずっとやってますよ、あなたたち。
  「えぇと、じゃまずピンポンから」
   そこから!
  「それでは私が入ってきます。『こんにちは。○○センターから来ました平です』」
  「『ご苦労さまです』あ、この時って、うちのお母さんは何処にいましたっけ」
   さっきは、ベッドで寝てました。その前は、なぜかテーブルで雑誌を渡されて
   ましたが…
  「まだベッドのほうがいいですね」
  「そうなの。でも、お客さんが来て失礼じゃないかしら」
   お客ではないでしょ。
  「いえいえ、調査員はお客ではありませんから」
   同じこと言った。
  「そうなんだ、じゃ、お母さん、ベッドへ行ってて」
   はいはい。
   キーコ、キーコ
  「あ、やっぱり待って、お母さん」
   なんですか。
  「平さん、やっぱりおかしいわよ。だって、お化粧してスカートはいて
   

   スカーフ捲いて寝てる人なんていないもの。待って、お母さん」
   待ちます。
  「そうですね、ではリビングにいてもらいましょうか」
  「それだと、寝返りとか、起き上がりとか分らないでしょ」
  「えぇ、一旦ベッドで寝てもらうことになりますね」
  「うーん、動線が悪いのよねー」
   待ってますよ、どうしますか。
  「さきほどのパターンだと、今起こしましたよーという設定ですが」
  「で、最初のが、あら、お母さん、お客さんだわ、て設定だったし」
   どっちでもいいです。
  「どっちにしますか」
  「どうしようかしら」
   どうしますか。
  「あ、そしたら、いっそ、風邪で寝込んでいます、てします?」
   なんですかそれは。
  「でも奥さん、それだと調査員は完全には調査できないので、再度すること
   になりますよ」
  「え、そうなの。それだと手間よね」
  「そうですね。日を改めてまた、てなりますね」
  「じゃ、だめだ」
   もとからダメです。
  「じゃぁ、やっぱり、あら、お客さんがいらしたわ、でいきましょうか」
  「そうしますか」
   最初の設定ですね。
  「そうしましょ。お母さん、戻って、テーブルについてください」
   はいはい。
   キーコ、キーコ
   14:35
  「あら、雑誌がないわ。あれ、さっきのカタログは?」
  「それは、さっき奥さんがカタログではおかしいから、女性誌のほうが
   いいと仰って、2階に片付けませんでしたか」
   そうです。
  「そうだったかしら」
  「えぇ」
  
「じゃぁ、持ってきますわ」
   タッタ、タッタ、タッタ
   タッタ、タッタ、タッタ
  「平さん」
   あれ、雑誌持ってきてないよ。
  「何です」
  「思ったんですけど、私の服装は派手すぎないかしら」
   えぇ?
  「派手ではない気がしますが」
  「そう?平さんは見慣れてるからそう思うんじゃない?今ね、鏡に映った
   自分を見て、ちょっと気になるのよねー」
  「そうですか。まー、奥さんがそう思うんでしたら」
  「そうよ。この格好では調査員の心証が悪いでしょ。派手好きな嫁と地味な
   介護の母親、て」
   2時間ドラマの見すぎです。
   14:50
  「じゃ、ちょっと着替えてくるわね。あら、お化粧も変えたほうがいいわね」
  「あ、奥さん、もうすぐ来ますよ」
   来ますね。
  「えぇ、ダメよー?」
  「いやーでも…」
   ピンポーン
   ほら。
  「あー!平さん、どうしよう!えぇと…」
  「取りあえず、最初の設定でいきましょう」
  「じゃ、お母さん!ベッドにいなきゃ!」
   おわ。
   シュッシュッシュッ
  「いや、奥さん、それはさっきの設定です。リビングですよ」
  「えー!違うの?あーどうしよう!」
   ピンポーン
  「落ち着いてください、奥さん」
   おわ!そっちは玄関だよ。迎えに行くんですか、私も。
  「奥さん、車椅子離さないと!」
   ピンポーン

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となりの芝が青く見える・・・
  近くを捨てて遠くに求める・・

作:なおとっち

第2話 入浴介助ということ

   ゴシゴシゴシ
   ゴシゴシゴシ
  「シゲさーん、首も洗ってね」
   ゴシゴシゴシ
  「シゲさーん、わきの下も洗ってね」
   ゴシゴシゴシ
   あれ、泡立たなくなったぞ。
  「あ、泡立たないね。じゃぁ、シゲさん、石鹸渡すからね。はいどうぞ」
   シュポン!

   おわ!
  「ありゃ、ごめんねー」
   今、石鹸飛びました。
  「ぶつからなかった、大丈夫?シゲさん」
   目の前を横切りましたけど。
  「あぁ、びっくりした!」
   私もです。
  「はい、どうぞ」
   ゴシゴシゴシ
   今、落ちたところ、石鹸の跡が残って危ない気がしますが。
  「ん?どうしたの、シゲさん。あ、これ、大丈夫よ。平気平気」
   ゴシゴシゴシ
  「わきの下、洗いづらいですか。じゃ、そこだけ手伝いましょ」
   いやーな予感…
   コシコシコシ
   あひゃひゃひゃひゃ。
   コシコシコシ
   おひょひょひょひょ。

   「中村さーん、次、米田さーん、入りまーす。」
   「はーい」
   コシコシコシ
   はひょひょひょひょ。
   「あれ?今日は機嫌いいわねー、留守さんは」
   違います、くすぐったいんです。
   「そうなんですよー。はい、いらっしゃい。米田さーん」
   ふうーふうー。丁寧はいいんだけど、力が中途半端なんだよねー。
   米田さん、もしやあんたも…
   コシコシコシ
   「あひゃひゃひゃひゃ」
   やっぱり。
   「中村さん、今日はみなさん、楽しそうだわね」
   「えぇ、主任。やっぱりお年寄りはお風呂が好きなんですねー」
   ポチャン。
   ふぅー、ごくらく、ごくらく。取りあえず助かった。
   「米田さーん、はーい、ベンベンベン」
   「ぷ。何それ、中村さん」
   「あ、米田さんは、昔、三味線の先生だったんですよ」
   「へー、そうなんだ」
   ふーん。
   「わひゃひゃひゃひゃ」
   「まるで、耳なし芳一ですよねー」
   「そうねー」
   あれ、琵琶ですよ。
   「誰でしたっけ、えぇと、小泉、小泉…」
   「えぇとね、あぁ、ここまで出てるんだけどね」
   小泉八雲ですか。
   「小泉…純一郎は今の総理だしー」
   いや、もう辞めてるでしょ。
   「小泉何とかなのよね。確か、別名がなかったかしら」
   そうです。
   「主任、詳しいですね」
   「えぇと、何とかハーン、何とかハーンなのよね」
  
  ラフカディオハーンですか。
   「そうなんですか、主任。チンギスハーンとか」
   「あははは、まー、それに似てるわね」
   全然違います。
   「あひゃひゃひゃひゃ」
   「やーだ、米田さんは、ほんと好きなんだよねー。ベンベンベン」
   米田さん、はよう、こっちに来なはれ。
   「留守さん、もう出ましょうか」
   はい、もういいです。
   ザブーン
   ポカポカポカ
   
はぁ、いい気持ちだった。
   「中村さん、留守さんをお願いしーーーきゃ!」
   ツルーン!
   「あ!主任!大丈夫ですか」
   主任さんが滑った!
   「あぁー!危なかったわ!ここ滑るわねー」
   「主任、大丈夫ですか。あぁ良かった。誰ですか、こんなの残して」
   あなたです。あなたのさっきのでしょ、それ。
   「ふぅ、留守さん、ごめんなさいね。びっくりしたでしょ」
   びっくりしました。
   「主任、送迎の時間があるでしょうから、後は私がやりますよ」
   米田さん…
   「そうね。じゃ、頼むわね、中村さん」
   米田さん、大丈夫。きっと大丈夫だから。
   「はーい、まかせてください!」
   ポチャン
   取りあえず…良かった、米田さん。
   「じゃーこちらで拭きますね、シゲさーん」
   フキフキフキ
   あひゃひゃひゃひゃ。
   「嬉しいわ、シゲさん。そんなに喜んでくれると」
   フキフキフキ
   おひょひょひょひょ
   いひゃひゃひゃひゃ