介護小説 衣裏の宝珠たち(いりのほうじゅたち) 24

2011年10月15日(土) | 介護小説 衣裏の宝珠たち

*この物語はフィクションであり、物語に登場する人物・団体等
 は全て架空のものであります。

となりの芝が青く見える・・・
  近くを捨てて遠くに求める・・

作:なおとっち

第24話 平さんの披露宴ということ 

 ―― 続きまして、新婦のご友人を代表しまして、○○様より…… ――

  「奥様、新婦の方、可愛らしい方ですねー」
  「そうねークミちゃん。平さんもやる時はやる男なのよねー」
  「ふふふ。いいなー、私も着てみたいなーウエディングドレス。ふー」
  「あら、そう言えばクミちゃんの浮いた話、聞いたことがないわねー」
  「あ、ひどいなー奥様。私だってあるんですよ。実はこのあいだ……」
  「おおーい!ボーイさーん!酒がなくなってしまったぞー!」
  「カラオケはまだですか!そろそろ歌いたいんですけど」
  「こらーチョー!まーた≪天城越え≫だろーよ!よせよせ、もう聞きあきたわい!」
  「違います!今回は新作です!」
  「いいんだよ、お前の歌なんか。それより、ボーイさーん!久保田はまだかー!」
   ………。
  「………」
  「………。お、奥様、あ、あのテーブルの方たちは…」
  「た、たしか、お母さんの行っているデイサービスの人たちじゃないかしら。ね、
   お母さん?」

   ………。し、知りません…。
  「え!大奥様のお知り合いの方たちなんですか!」
   とんでもない!
  「あの顔の真っ赤な方が、ええと…席の通りだとすれば…室井さんという方だわね、
   そして、その隣で青い顔している方は…長、長宗我部さん?長い名前だわね…、
   で、その横の渋めの方が…紅さん…という方だわね」
  「≪なごみの森≫さんの利用者さんなんだー。へー、大奥様、面白い方たちが
   いらっしゃってるんですね」
   面白い方というより、変わっている方たちです。
  「高村主任さん、中村さんも、ほら同じテーブルだわ」
  「高村主任さんは、挙式の時にブーケを受け取ったんですって。いいなー」
  「ふふふ。クミちゃんもいずれ幸せがきっと来るわよ」
  
   ―― 有難うございました。それではここでスペシャルゲストをご紹介致します。
     新郎はさきほどご紹介しました通り、介護支援専門員として地域の介護を
     要する方のために日々仕事をしております。実はその利用者様が本日
     披露宴にいらっしゃっています。利用者様を代表しまして、室井源次郎様より、
     祝福のお言葉を頂戴したいと思います。それでは室井様、どうぞ!」
     ブッ!
    「あ、大奥様、大丈夫ですか!」
    ふ、吹き出してしまった…。よりによって…あの男にしたの?
    「奥様、さっきのお酒くれー!て言ってた方ですよね?」
    「そ、そうね…平さんもチャレンジャーだわ…」
    私のかわりが…あの室井ジイとは…
    『ええー。た、ただいまマイクのテスト中!ええー、実はじゃ、本当はワシではなく、
     ほら、あそこにおる、留守シゲさんが、このー、今回結婚した、ええー、平さんの
     担当の利用者なんじゃが、まー今回、ワシが抜擢されたからには、理由が
     あるんじゃ。それは、戦時中に遡る!あれは、そう、満州に……』
      ………。
    ( 30分経過 )
    『…であるからにして、ここからは、ワシが祝いの一曲を僭越ながら披露させて
    戴きます。では、ミュージックスタート! ♪ さーらーばーラバウルよー、まーた
    くるーまーでーはー ♪』

   「お、奥様、あ、あの歌は?」
   「うーん…なにかしらねー?」
    ラバウル小唄です。
   「奥様、昔の歌っぽいですね」
   「そうね…」
    古いです。いい曲ですが、ここで歌う歌ではないです。
   
   ―― あ、有難うございました。と、とても威勢のいい歌で新婚の門出には
                ぴったりの歌でした。えー続きまして、新婦…… ――
   「私も新曲があるんです。ぜ、是非歌わせてください!」
   『こらー!チョー!お前まで歌う必要はないわい!』
   「ず、ずるいですよ、私だって。≪天城越え≫ではないですから!それでは
    ミュージックスタート!」
   『こら、何を勝手に人のマイクを…』

   『 ♪ 別れたーひとにーあーったー、別れたー渋谷でーあーったー 別れたー
    ときとおんなじー、雨のーよーるーだーったー ♪ 』
   「なんちゅう歌歌うんじゃ、チョー」
   「お、奥様…」
   「………」
    や、やってしもうた…チョーさん…
 

  『 ♪ やーっぱりー、わすれーらーれーなーいー、おわ!』
    紅さんだ!
  

  『詫びといってはなんですが、わしが、一曲歌わせていただきやす』
  「お、奥様…こ、こんどは偉くこわもての人が出てきましたね…」
  「クミちゃん、平さんの顔がひきつってきたわ…」
   もう…知らんよ…。


  

    ( 最後まで歌いきる )
  
  ―― あ、あ、あははは…あ、ありがとうございました…さ、さて気をとりなおしま
     して…おわ!――
  『どうーもー!この度は平さん!おめでとうございます!あ、申し遅れました、私、
    ≪すこやか福祉用具≫でお馴染みの森 新太郎でございます!』
  「あら、森くんですよ、奥様。」
  「そうねー、手にもってるのは…」
   いやーな予感…。
  『ここで、本日ご両人の門出を祝い、スペシャルプレゼントをいたしたいと思います!
   ジャジャーン!』
  「つ、杖ですね」
  「そ、そうね…あれでなにするのかしら?」
   あ!平さんが倒れた!
  『実はですねー、この杖はただの杖ではありません!な、なんと、この杖は!』
  「お、奥様!平さんが!」
  「だ、誰か、手をかしてあげて!新郎が倒れましたよ!」
  「大丈夫かー、新郎!チョー!手をかせー!」
 

  ドヤドヤドヤドヤ!

  「キャー!!」
   た、平さん…いつまでも…末永くお幸せに…