介護小説 衣裏の宝珠たち(いりのほうじゅたち) 25

2011年10月25日(火) | 介護小説 衣裏の宝珠たち

*この物語はフィクションであり、物語に登場する人物・団体等
 は全て架空のものであります。

となりの芝が青く見える・・・
  近くを捨てて遠くに求める・・

作:なおとっち

第25話 平さんの認定調査の出来事ということ 

  「……はい。有難うございます。それでは、これで認定調査を終了します」
  「もう終わりですか?」
  「はい。聞きとりは終わりました。今後の予定ですが、後日市役所より、
   新しい認定結果が通知されますので、ご確認してください」
  「そうですか…はあ…」
  「…?なにか、まだありますか?」
  「うーん…これは…うーん、言っていいのか…迷うんじゃが」
  「あ、どうぞ。付け加えることがありましたら、ご遠慮なく。
   最初に申し上げましたが、個人情報ですから、秘匿になりますので」
  「うーん…そうじゃな…やはり、言おうかな…」
  「ええ、どうぞ。何でしょうか?」
  「つかぬことを聞くが、君は既婚者か?」
  「え?」
  「ははは。いやーなに、薬指に指輪をしておるから」

  「え?あははは。はい、そうですが」
  「結婚はよいもんじゃなー。ただな、君もゆくゆく奥さんには
   気をつけるんじゃよ」
  「へ?」
  「まーだ早いと思ってはいかんよ。実はここだけの話しなんだが」
  「はあ…」
  「絶対ここだけじゃよ!男同志の約束じゃ!」
  「は、はい」
  「実はうちの嫁のことなんじゃがな」
  「ええ」
  「不倫してるんじゃ」
  「ふ、不倫!」
  「シッシッー!あほたれ!声がでかい!」
  「は、はい。す、すみません…」
  「どーも最近おかしいと思ってなー。やたらデイやショートやら、
   ワシに行かせるし、これはひょっとしてと思ってな。
   倅はお人よしだし、これは倅に言ったほうがいいか、
   やめたほうがいいか、うーん…どうすべきか。ハムレットじゃな」
  「は、はあ…」
  「君はどう思う?」
  「え?は、はあ…い、いやあ、何とも言えないですね…」
  「奥さんが不倫していたら、君はどうする!」
  「た、多分ショックを受けますね…」
  「はあ?それだけか?不倫じゃよ!それもわかーい
   信金の営業マンじゃ。小林じゃよ」
  「はあ…」
  「君の妻が信金の営業マンと不倫しておる!」
  「へ?」
   「あれは今年の夏じゃったなー。ワシがたーまたまデイで
    具合悪くなってなー、いつもなら夕方戻ってくるんじゃが、
  その日は昼頃に帰って来たんじゃよ」
  「……」

     「そしたらじゃ、玄関開けて中に入ると、なんと、リビングのソファーで
      嫁とその信金の営業、小林じゃが、ワシを見た途端、密着していた
      体をぱっ!と」
  「……」
  「こう、ぱっ!と離してなー。こりゃーえれーもんをワシは見てしまったと思って」
  「……」
  「で、嫁はどう出たと思う?」
  「さ、さあ…」
  「その次の日にワシの杖や靴やらを急に買い出したんじゃ」
  「は、はあ…」
  「買収じゃよ」
  「……」
  「まあ無理もないっちゅうか、な。倅も不倫しておるし」
  「へ?」

  「知っておるか、総務のミキちゃんを」
  「さ、さあ…」
  「うちの倅は開発部なんじゃがな。そうそう、あれも今年の春じゃった。
   ワシが行きつけの囲碁教室の夕方の帰り、駅前の喫茶店で
   倅とミキちゃんがおってな、その後離れたネオン街に肩と腰を密着…
   こう密着させて、君ちょっとこっちに」
  「あ、い、いえいえ…わ、分かりましたから結構です」
  「倅は開発部ではなく、子作りの開発部じゃの」
  「わ、笑えないジョークですね…。あ、もう、結構でございます」
  「君!」
  「は、はい」
  「平さんと言ったな。さっきの話しは、男同士の約束じゃぞ。口外するなよ」
  「は、はい…。しょ、承知しました…。そ、それではこれで失礼します」
   ガチャ。
  「あ、平さん、もう父の調査は終わったんですか?」
  「は、はい…ええと、奥様でいらっしゃいますか?」
  「ええ。如何がでした?お電話でお話ししました通り、所用で
   近くの銀行に出かけていたものですから、私は立ち会えなくって」
  「ぎ、銀行!」
  「ええ。それが何か…」
  「あ、あははは。い、いえ…特には別に」
  「父が何か言いましたか?」
  「い、いえ!な、何も…」
  「父は最近被害妄想がひどくなってましてねー、よく言うんですよ。
   ここだけの話じゃから、とか」
  「……」
  「男同志の約束、とか」
  「……」
  「言ってませんでした?」
  「い、いえ、な、何も!あ、あははは」
  「そうですか…」
   ガチャ。
  「こんにちは。奥様、先ほどの手続きでお渡しできなかったものですから、
   お届けに来ました」
  「あら、小林さん」

  「!」(小林さん!)
  「あ、お客様でしたか、出直しましょうか、奥様」
  「いえ、いいのよ。こちらは父の認定調査に来て戴いた「平」さんです。
   今、その調査が終わったところなんですの。ね?平さん?」
  「あ、は、はい。い、今終わったところです。小林さんでしたか、
   わ、私はその、ただの調査員ですので、ご心配なく。
   いや、ほんとに、認定調査に来ただけですから、本当です。
   ほら、これは調査員の証明書ですので。いや、ほんとに、
   そ、それだけで来ただけですから…」
  「ま、ヘンなことを言う人。さ、どうぞ、小林さん、あがって」
  「いや、ほんと、どうぞ。私は帰りますので、ほんと、それだけですから…」