介護小説 衣裏の宝珠たち(いりのほうじゅたち) 13

2010年6月15日(火) | 介護小説 衣裏の宝珠たち

*この物語はフィクションであり、物語に登場する人物・団体等は
 全て架空のものであります。

となりの芝が青く見える・・・
  近くを捨てて遠くに求める・・

作:なおとっち

第13話 米田さんの恋ということ

  「あら、お母さん、このスカートはなに?」

 「え?ああ、こんどの『やすらぎ』に着ていく服だよ」
  「まあ、珍しいわね、お母さん」
  「ふーん、そうかい。最近よくはいてるよ」
  「そうなんですか」
  「そうよ、ねーポチ」
   ワンワン(確かに、最近多いです、ママ)
  「へー、お母さんがねー」
  「なんだい、カズコさん?私がスカートはいてはおかしいっていうんですか」
  「え?や、やだわーお母さんたら。いえ、そうじゃないんですよ、ただねー」
  「ただ、なんだい?」
  「ほら、この間、イオンに行ったときに、珍しく化粧品を買ったでしょ」
 
 「それがなにか?」
  「いえ、普段買わない、口紅とか、ファンデーションを買ったから…」
  「カズコさん」
  「はい」
  「あのね、私だって、女なのよ」
  「も、もちろん、ですよ」
  「なに、その意外そうな返答は」
  「え、そ、そんなんじゃありませんよ。どうしたんですか、お母さん、やけにからむ
   じゃないですか」
  「からんでませんよ、あのね、そうやって年寄りをバカにするからですよ」
  「バカにはしてませんよ、お母さん。いえね、お化粧品とかね、いつまでも若々しく
   いていただけたら、こんなに嬉しいことはありませんよ。私思ってたんです、お母
   さん、もっとおシャレすればいいのにって」
  「あら…そうだったの」
   ワンワン(ママ、うまくきりぬけた!)
  「そうですよ、ほら、ポチだって、そう思ってた、て言ってるじゃないですか」
  「そうなのかい、ポチ」

   ワンワン(いえ、ぜんぜん)
  「そうかい、そうかい、ポチ、お前もそう思ってくれてたのかい。いや、カズコさん、
   私の早とちりでした。すまないね」
  「いえ、いいんですよ、お母さん」
  「そうかそうか。いや、私はてっきり、年がいもなくおシャレなんかして、というふ
   うに思ったもんだから。そうかそうか、じゃー話しは早い」
  「え?」
  「いやなにね、駅前に今度エステができてね、ほら、この間、チラシに出ていたあれ
ですよ、でね、そこは会員制でさ、これがまー高いってありゃしない」
  「ああ、そういえばありましたね、そんなチラシ」
   ワンワン(いやな予感ですよ、ママ…)
  「まー私も米寿を迎えたばかりだし、ご褒美にね、会員になってきちゃった。あはは」

  「え?」
   ワンワン(きちゃった、て…)
  「それからね、足腰も弱ってきたから、こりゃ何かしないといけないし、で、社交
   ダンス教室にも通おうと思って、それも入会してきちゃった。あはは」
  「………」
   (………)
  「そうなんだよねー、カズコさんもそう思ってくれてたか、あー良かった。このこと
   は言わないでおこうと思ってたんだけど、そうかいそうかい、カズコさんがそう思
   ってくれて安心したよ。いやー、言ってスッキリした。いや、家族でもね、なんか
   隠し事をするのは、どうも気になってねー」
  「お、お母さん…」
  「ん?」
  「エステやダンス教室て、お母さんの年金だけでは、無理ですよね…」
  「そうだよ」
  「てことは?」
  「てことは、って、決まってるじゃないか、ひろあきのカードからですよ」
  「パ、パパの…」
  「そうですよ。私の年金じゃ、たかが知れてるじゃないか」
  「あ、ああああ」

   キャンキャン!(マ、ママが倒れた!)
  「楽しいわよ、社交ダンス。カズコさん、この間ね、体験コースに行ったのよ」
  「ああああああ」
  「良かったわー、チョーさんがまた、私をリードしてくれてね」
  「ああああああ……え?チョーさんって誰なんですか?」
「言わなかったっけ?同じ『やすらぎ』に行っている人よ」
  「だ、男性ですか?」
  「ばっかねー、当たり前じゃないの、女同士で社交ダンス行ってどうすんの?」
  「そ、そうですけど…、チョーさんって言うんですか?」
  「そうよ、本名は、なーんか長ったらしい名前だったけど、で、そのチョーさんが
   誘ってくれたのよ。≪米田さん、是非私と一緒にダンスしませんか≫って」
  「は、はあ…」
  「それにね、私に歌まで作ってくれたのよ、短歌が趣味らしいのよね、私にね、
   ≪米田さん、あなたの歌を作りましたので、是非聞いてください≫って」
  「………」
   ワンワン(それで、急におシャレしだしたのか!)
  「そ、その人は独り身なんですか…」
  「そうそう、奥さんがずいぶん前に亡くなってね、まーでも、女たらしがあるからね」
  「女たらし?」
  「そうですよ、以前は同じ仲間の、あ、『やすらぎ』のね、留守さんに夢中だったし」
  「ああ、留守さんね。以前『やすらぎ』で敬老会があった時にお会いしたわ」
  「そうかい?留守さんも、なかなかの女よ。チョーさんが気があることを知っていて
   逆手にとってる感じがするわ、ありゃあ」
  「そうですか、そんな方には見えなかったけど」
  「ところがどっこいですよ。当初は応援する気でいたけどね、あまりにもチョーさん
   をあしらってるから、まーなんてひどい女なのかしら、て」
  「早い話、お母さんは、そのチョーさん、て人が好きになったのね」
  「あ、あははは、あら、やだ。そんなんじゃありませんよ。でもね、私だって女です
   からね、そりゃー男に声をかけられて、嫌な気はしませんよ」
  「それで、スカートにお化粧品にエステ、そして社交ダンスですか」
  「ま、そういうことね」
  「で、支払いはパパってことですか」
  「もちろんですよ。あと…」
  「え?ま、まだ出てくるんですか…え?あははは…まさかね…あははは」
  「あと、今度銀座にでも行って何かプレゼントしようかと思って、で…」
  「あ、ああああああ」
   ワンワンワン!(マ、ママがまた倒れた!)
  「ついでに、社交ダンスの衣装も買おうと思ってね。あはは」
  「ああああああああ」