介護小説 衣裏の宝珠たち(いりのほうじゅたち) 17

2010年9月8日(水) | 介護小説 衣裏の宝珠たち

*この物語はフィクションであり、物語に登場する人物・団体等
は全て架空のものであります。

となりの芝が青く見える・・・
  近くを捨てて遠くに求める・・

作:なおとっち

第17話 シゲさんの入院ということ ②

   《 医療総合センター 》

  「あ、目を開けましたね、武田さん、大丈夫ですか」
  「う、うーん、お、ここは…」
  「採血室です」
  「血をとったのか」
  「いえ、血をとる前に倒れました」
  「私がか…」
  「ええ」
  「そうか…で、あなたは…」
  「私は平といいます」
  「ふーん、で、ここの病院の人か」
  「いえいえ、ここに入院している方の面会に来たのですが、いきがかりじょう
   何かこうなってしまいました。あ、でも良かったです。何ともないとのこと
   なので。歩けますか?」
  「そうかそうか、いや、ご迷惑かけて申し訳なかった。いや足は大丈夫」
  「武田さんもたしか7階の方ですよね。私がこれから面会に行くのも7階なんです」
  「ほう、そうかい」
  「ええ」
  「何て人なんだ。もしかしたら知っているかもしれん」
  「そうですか、名前は留守さん、という人なんですけど」
  「お、おお、あの留守さんか!」
  「え?ご存知なんですか」
  「いやいや、そりゃーもう7階では有名じゃよ、というより、この病院で
  有名かも知れんな」
  「は、はあ…」( 留守さん、一体どうしてしまったのだろうか、
  もしや、認知症が現れて大変なことに…)
  「まあ、行けば分かるさ」
  「は、はい…」

   チーン。
   チーン。
「ここじゃな、まあ、会えるかどうか分からんが、私はあっちなので、
   ここで失礼しよう。色々と有難う、ええと名前は…」
  「平です」
  「ああ、平さんだったね、それじゃ」
  「はい。ええと、ナースステーションはこっちだな、あ、すみません」
  「はい」
  「留守さんの面会に来たのですが、病室は何処ですか」
  「あ…はあ、ええと、病室は701なのですが…、お会いになりますか」
  「え…ええ、面会に来たんですから」
  「そうですか…ええと…どうしても会いますか」
  「え…ええ、あのう…留守さん、具合はそんなに悪いんでしょうか」
  「あ、いえいえ、そうではないんですが、そうですか、
  では…これをお願いします」

  「ん?…何ですか、この紙は…45て書いてありますけど…え?」
  「整理券です」
  「へ?」
  「ですから、整理券になります。今がそうですね…ええと、26番目の方が
   入られていますから、あと、19番目くらいになりますね」
  「そんなに!」
  「ええ…ですから、ご面会されますか、と尋ねた訳です。もしあれでしたら
   明日になさいますか…まあそれでも…5番目になりますけど」
  「は、はあ…、そ、そんなに来てるんですか…」
  「そうですね、こう言ったらあれですけど、私どもも困ってるんです、昨日
   までは、この廊下の端から端まで背広の人たちが並んでいましたからね、
   で、院長がこれではらちがあかないので、で、整理券方式に変えたんです」
  「はあ…」
  「お待ちになりますか」
  「え…ええ、ここまで来たのですから、お会いしたいですからね」
  「皆さん、そう言います。では、45番目です、どうぞ」
  「は、はい…」
  「―――あ!平さんじゃないですか?平さん!」
  「え、あ、ああ森さん!」
  
  「はい!お世話になっております。《すこやか福祉用具》の森 新太郎です!

   留守さんのご面会ですか、で、平さん、何番目になりました?」
  「え、ああ、ええと、今さっき来たので、45番目です」
  「そうですか…」
  「森さんは?」
  「私は30番目です」
  「へー、じゃあ、あと少しですね、今26番目らしいですから」
  「ええ」
  「いや、まさか、こんなに並ぶとは思いませんでした…面会に来ただけなのに」

  「そうですね…あ、もし良かったら、私のと交換しますよ、どうぞ」
  「あ、いやいや、悪いですよ、私のはいつになるか分かりませんから」
  「いえいえ、いいんです。かえって私は助かります」
  「というと?」
  「ええ、ここにこうして待っていますと、次々と大物の方が来るんですよ、これが。
   いやーびっくりしてます。すきあらば名刺交換できるか狙ってますので」
  「そうなんですか…」
  「ええ、信じられない人が来てます、さっきまでは、社会福祉で有名な大学の先生
   が来ていましたし、テレビでよくみかける人も来ていました」
  「へー、そうなんですか。留守さんは顔が広いんですねー、知らなかった」
  「昨日は、背広軍団がずらっと並んでいましたよ」
  「ああ、さっき看護婦さんが言ってましたよ、昨日も来たんですか」
  「ええ、でもさすがに昨日は途中でやめました。でも、これだけの人たちに会える
   ので、何だかワクワクします。かえって、遅いほうが色んな人に会えるのでいい
   んです」
  「そうですか、では、お言葉に甘えて」
  「いや、こちらこそ、有難うございます。さーて、次はどんな人が701号室から
   出てくるんだろう、いやー嬉しいなー、あ、いやいや不謹慎ですね、失礼しました」
  「ははは…あ、あの人…この間のケアマネの研修で講師した人だ」
  「でしょ!凄い人が来てるでしょ!」
  「ええ、あ、あの人、社会福祉の権威の人だ、たしか、ルーテル大学の…」
  「そうそう、で、あの人が、某居酒屋で有名な人ですよ、最近は福祉に力を入れてま
   すからねー」
  「なーるほど、あ!あの人は!」
  「そうそう!あ、平さん、あの人誰でしたっけ」
  「森さん!あの人はあれですよ、ええとたしか………」