介護小説 衣裏の宝珠たち(いりのほうじゅたち) 22

2010年10月31日(日) | 介護小説 衣裏の宝珠たち

*この物語はフィクションであり、物語に登場する人物・団体等
 は全て架空のものであります。

第22話 日帰り旅行ということ ①

  「♪わたーしーは、東京のー、バスーガールー、はっしゃーおーらいー♪」
  「よっ!ええぞ、バスガイドさん!」
  「♪あかるくー、あかるくー、はーしるーのうよー♪」
   パチパチパチ。
  「はい、バスガイドさん、有難うございました。さーて、次はなにが入ってますかね
   ―。あ、でました。≪ 天城越え ≫ですねー、これはー誰ですかー」
  「うわ!こりゃ決まっとるわい、俳句バカじゃ、な、チョー」
  「短歌です…」
  「な、なにをー!チョー!」
  「そんな後ろの席では、私にヘッドロックできませんよ」
  「お、いうたな、チョー!」
  「まあまあ、室井さん、今日は旅行なんですから
  ね、楽しくね。さー長宗我部さんが歌います。
  ≪ 天城越え ≫です、どうぞ!」
  「♪隠しきれないー、移り香がー♪」
  「もう聞きあきたよ、こいつの石川さゆりは。ところで、主任さん、便所はまだか?」
  「あ、トイレ休憩ですか、そうですね、もうすぐです。今、高井戸を過ぎましたので、
   代々木パーキングには、もうすぐですから」

  「そうか。で、ほんとにそんな都会の中に水族館なんてあるんか?」
  「あるんですよ、これから皆様が行くところは、品川プリンスホテルなんですけど、
   ああ、そうです、そのしおりに書いてありますけどね、
  その品川プリンスホテルの中に『 アクアミュージアム 』という水族館があるんです。

  いいですよー、魚もいっぱいいますし、イルカのショーもありますから」
  「私は一回行ったことがありますよ、和子さんが連れてってくれたから」
  「あ、米田さん、そうですか、お嫁さんがですか、へー」
  「動物は大好きだからねー」
  「そういえば、ワンちゃん飼ってましたよね、えーと名前は…」
「ポチです」
  「あ、そうそう、そうでした。あ、そろそろ、代々木パーキングにつきますね。
   みなさーん、もうすぐパーキングに着きますので、ここでトイレ休憩をしま-す」
  「♪やまーがー、もーえーるー♪」
  「おい、チョー、もう休憩じゃ、歌をやめい」
  「バスが止まるまで、立たないでくださいね、順番にお声をかけますので、それまで
   は座っていてください。中村さーん、車いすの方は後ろのリフトでお願いね」

  「はーい、主任。あ、留守さん、おトイレ行きますか」
   行っておこうかな。
  「じゃ、先にリフトで降りましょう」
   はい。
  「あ、紅さん…だ、大丈夫ですよ…ここはプロに任せてください…」

  「は、はい…」
   どうりで後ろに黒塗りの車が何台もついてくるわけね。
 
 「♪あなーたーとー、こえーたーいー、あまーぎー」
   プチ。
  「はい、着きましたよー、皆様。ここで、15分間休憩とりますねー」
  「………」
  「長宗我部さんも、おトイレ行きますか?」
  「は、はあ、行っておきます…」
   ――― トイレ休憩中 ―――
  「はーい、皆様、よろしいですかー」
  「はーい」
  「お隣りの方はいらっしゃいますかー」
  「はーい」
  「中村さんや、窓側に座っていた、あの人がおらんがいいんかいのー」
  「え?紅さん、どうしました?」
  「右側通路にいた、ほら、ポチがどうのこうの、と言っていた人じゃけん。
   あの人がおらんけん」
  「ポ、ポチ…、あ、米田さん…あ!主任!米田さんがまだです」
  「よろしいですかー、それではしゅっぱーつ!」
  「しゅにーん!米田さんがまだでーす!」
  「え?あ、運転手さん、ちょっとストップ。え?米田さん…あ、ほんとだ。」

  「おい、あのチョーもおらんぞ」
  「あら、ほんとね。ええと、中村さん、見に行ってきてくれる?」
  「はい、行ってきます」
  「あ!ちょっと待って、あれ、米田さんだ、ああ良かったわ、こっちに
  来るわね、ええと、もしかしたら隣りにいるのが、ああ、長宗我部さんだわ
  ああ、二人とも戻ってくるわ、大丈夫、中村さん」
  「チョーめ、この期に及んでしけこみやがったな、あいつ。留守さん、ありゃー
   ダメじゃよ、あの女癖はなおらん」
   は?
  「あいつはやめといたほうがいいぞ」
   ていうか、最初から何も思ってませんけど…。
  「でも、ああいう奴に、なーぜか女は弱いんじゃな、女の七不思議じゃ」
   だから、なーんも思ってません、て。
  「お帰りなさい、さーこれで皆様いらっしゃいますね、それでは、もう休憩なしで
   品川プリンスホテルに迎いますね。それでは運転手さん、お願いしまーす。
   それでは、しゅっぱーつ!」
 
 「おうっーし!次は誰が歌うんじゃ、おう!」
  「はい、ええと次は…」
  「わ、私は、と、途中だったの…ですが…」
  「え?長宗我部さん、どうしました?」
  「い、いえ…」
  「あ、次はこれですね、ええと≪ 崖の上のポニョ ≫ですか、さー誰ですかー」
  「おお、ポニョかー誰じゃ、ポニョは、またチョーじゃないだろうな、おう?」
  「わ、私ではないです…ていうか、私はと、途中で終わって…」


  「え?」
  「あ、そ、そうですか。主任、紅さんでーす、マイクをこっちに渡してくださーい」
  「は、はーい。さー、それでは、紅さんが歌います、≪ 崖の上のポニョ ≫です。
   では、紅さん、どうぞ!」


  「………」

  「………」